母親がいなくなったようなもん

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いらっしゃいませ、dzです。

 

ひさしぶりの更新です。

やっぱりなんだかんだ更新できず。。。

だめだめです。。。。。

 

さて。

今日の記事は、dz祖母についてです。

1月26日、dz祖母が亡くなりました。90歳。

ちょっと暗い内容なので、心が痛むわ・・・ていう方はスルーしてください。

 

dz祖母。不死身だと思っていたんですが、やっぱりそうではなかったみたい。

dzさんにとっては、父方の祖母で

生まれたときからずっと、同居してたんですよね。

dz祖父は、dzさんが4歳のときに亡くなって、

それからdz実家は、dz父、dz母、dzさん、dz弟、dz祖母、という

5人家族、がデフォルトでして。

この度、そのデフォルトが崩れてしまって、なんとも言えない状況です。

以前書いたように、dz母が看護師、dz父も仕事をしているので

dz祖母が仕事をやめて、孫守をすることに。

実際、dzさんとdz弟は、dz祖母に育てられたようなもんなんですよね。

いっつも、家に帰ってきたらdz祖母がいるのが普通で。

ごはんを作ってくれるのも、ほとんどdz祖母で。

dzさんは、たしか小5で自分の部屋で寝るようになるまでは

dz祖母と一緒に寝ていたと記憶しています。

dz弟とともに、二人とも、ばあちゃんっ子だったと思います。

ケンカもよくしました。言い合いもよくしました。

反抗期から、dz母とdz祖母に対しては、今の今までずっと反抗期で。

一昨年の10月から、結婚してから今まで住んでいたアパートを出て、

dz実家にお世話になり始めてから、dz祖母を一回だけ泣かせてしまったことがあります。

やらなくていいって言っているのに、それでもdzさんのことをやってくれる祖母。

本当にしっかりした人でした。

おしゃれだったdz祖母。

まだ若いときは、洋服とかお化粧とかもおしゃれでした。

髪もずっと染めていたし。

大正琴をやったり、体操に行ったり、ずっと元気だったdz祖母でしたが、

これまで何度か倒れて救急車にお世話になることもありました。

そのたびに、復活。

がしかし、4年前に、肺がんが見つかって、手術。

その半年後に、胃がんが見つかって、手術。

病院にもよく通っていて。それからは痩せていったような。

そして、去年の2月20日。dz祖母90歳の誕生日。

・・・の翌日。

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洋服をハンガーにかけようとして転倒して、大腿骨骨折。

入院して、GW明けには家に帰ってきたかな。

それからは、今まで作っていたごはんとかも作らず、家でゆっくりしていて。

お風呂も座れないから、デイケア行って入れてもらって、という感じで。

niisanが生まれてからも、ベビーバスでお風呂入れるときは手伝ってくれたり。

niisanを見てくれたり。だっこしてくれたり。あやしてくれたり。

dzさんが夕飯を作っている間も、kansanの相手したり、niisan見てくれたり。

そんな中、10月頭に玄関で洗濯物のバケツを置こうとして転倒。

2月のときと反対の大腿骨にヒビが入ったんやったかな。

このときは、家にdzさんとdz母がいて、

あーまたやらんでいいことして、またやったかーという感じだったんですが。

手術は成功、すぐにリハビリが始まってやり始めたんやけど

足に静脈血栓ができて、足がむくんでパンパンに。

血栓が取れて心臓とかにいっても大変なので、寝たきりに。

それからみるみるうちに体力がなくなっていって、悪くなっていって。

転んだだけなのに?

車いすで、病院内を散歩したときに、意識がなくなり

足を下に下げるとダメみたいで、

正月に、一時帰宅というか1、2泊家で泊まる予定にしていたのもできなくなり

お見舞いも何回か行ったけど、ほんと回数を追うごとに元気がなくなって。

それでもkansanやniisanを撮った動画を楽しみにしてくれていたみたいで

dz父が毎日お見舞いに行くたびに携帯で撮った動画を見せていて。

dzさんがniisanとお見舞いに行ったときも、

「niisan、niisan」と言って、握手したり。

最後のほうは目をつむっていることが多くて、話しかけたら目を開けて

反応はしてくれるけど、またすぐ目を閉じて・・・って感じで

最期に会話したのは

「niisan離乳食こないだ食べたよ」

「ほんなん(そうかの意)」

この会話でした。

1月2週目くらいは、これくらいの会話ができていたので

治るんじゃないかなぁ、と思っていたんですが

というか、思おうとしていたんですが

だんだん会話もできず、苦しいのかうなっていることが多く。

あっという間に、酸素濃度や脈拍が出る機械が24時間取り付けられ

あっという間に、モルヒネとかの痛み止めの貼る薬が貼られ

夜中に、病院から電話がかかってくるんじゃないかって、こわくて。

1月26日の朝、いつも起きる時間くらいに、1階にいるdz父から電話。

「病院から電話あったし、dz母と行ってくる」

雪がひどくて、ここ最近はdz父にkansanを保育園に送ってもらっていたのですが

この日はash氏が送っていって、迎えもash氏にしようかという段取りで準備していたら

「もう危ないみたいやし、みんなで病院来て」

とdz父から電話。

ash氏、kansan、niisanの4人で病院へ向かって、

着いて速攻、dz父が病院から出てきて

「ダメだった」

と。

がんがいろんなところに転移していました。

肺に水がたまって、お腹にも水がたまっていました。

苦しそうな顔ではなく、寝ているようでした。

頭は、白髪で真っ白でした。

 

ばあちゃん、90歳の年は波乱万丈やったなぁ。

2回も転んで、手術して。

白内障の手術もしたから、3回か。

この4年で5回も手術して、すごいわ。

本当に本当に、90年間、お疲れ様でした。

そして、私を育ててくれて、ありがとうございました。

仮通夜も、お通夜も、告別式も、初七日も、

終わったけど、やっぱりなんか信じられないというか。

今まで入院してて、家にはいなかったんだけど、信じられない。

遺影と骨壺が置いてあるのも、信じられない。

だって、今まで普通におったんやよ?

dz祖母が、何かあったときはこの写真を遺影にして、と言っていた写真があったんやけど

それはdzさんの結婚式のときに撮った、dz祖母がひとりで写っている写真でした。

けど、遠目すぎて引き伸ばすとぼやけるっていう理由で、

なんかいい写真ないかみんなで探していたんですが

dzさんの結婚式、お色直しの退場のときに

dzさん、dz弟、dz祖母で退場したんやけど

そのときに、3人並んでカメラマンが撮ってくれた写真を

うちがdz祖母の部分をアップにして印刷して渡したんやけど

それが採用されました。うまく編集されていてとてもいい遺影になっていました。

 

ばあちゃん、じいちゃんともう会えたけ?

じいちゃんと会えるの、ちょうど30年ぶりやね。

素敵にお化粧もしてもらったから、じいちゃんに会うのにもバッチリやね。

お友達もたくさんおると思うから、

じいちゃんやお友達にも、この30年のことお話してや。

dzさんが結婚したこと、ひ孫が二人生まれたこと・・・

そして、じいちゃんと一緒に、うちらのこと見守っとってや。

ばあちゃんからいろいろ教えてもらったこと大切に、生きていくから。

 

 

悪口言ってても、いなくなると、やっぱりさみしい。

ばあちゃん、空から見とるかな?

 

 

 

 

 

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